今週のサンデー毎日に、「朝ドラを50年間見てきた男」というコラムニスト、堀井憲一郎氏が、現在放送中の『まんぷく』について、過去の朝ドラと比較しながら書いています。
そのコラムで私が興味を持ったのは、戦時中の描き方についての分析です。
80年代の朝ドラでは、戦争が始まった時から「この戦争は負ける」と忠告する人がよく登場しており、堀井氏はそれについて、
「戦争が始まるときには協力的(戦争に賛成の立場)だったけれど、途中からだめだとおもった、というのならわかるのだが、始まったときから負けると予言しているようでは、戦争反対にならない」
「『私は詐欺にはひっかからない人間である』、『私は薬物を一回接種したくらいでは中毒にならない』と似たようなレベルで『私は戦争が起こりそうになったら、事前に反対できる人間である』と教えてるようで、つまり阻止には役立たない」
と指摘します。
さらに、今世紀に入ってからのドラマでも
「『カーネーション』(11年度下半期)では、戦争に協力しなさいと言うのは、まだ「いやなやつ」として描かれていた。近所の強圧的なおばさん・おじさんがその役をになっており、主人公たちにとってある種の敵として描かれていた。
主人公たちは戦争に協力していない人として描かれていた。何だかまだGHQの検閲を恐れているかのような作りであった」
と指摘。
ところが『まんぷく』では、松坂慶子演じる母親は常に戦争に協力的であるべきと言い続けていたし、主人公の夫の萬平さんは徴兵で不合格になり、戦争で戦えないことを心から悔いていました。
このように、戦争中の人々の心情の描き方が変わってきたのは2013年下半期の『ごちそうさん』あたりから(これは私も見ていて、そう思った)で、堀井氏は「このあたりで、やっと前の戦争を歴史的に見られるようになってきたのかな、とおもう」と書いています。
以前は戦時中を描いたドラマじゃ最初から「この戦争は負ける」と予言している「賢い」人が必ずいて、主人公は必ず戦争に批判的で(『少年H』なんかまさにそう)、戦争に協力するのは悪役と決まっていたけれども、今はそれではリアルに見えなくなっています。
そのように人々の感覚が変化したのは、いくつもの理由が絡み合っているのだろうとは思いますが、私は、その理由の一つには『戦争論』が、それも決して小さくない要因として存在しているんじゃないかと思います。
先日の道場終了後の『語らいタイム』で高森師範が「『戦争論』によって変わったことは確かにある」と発言されていたこともあって、そんなことを思いました。